京都日記

日記です

6/14 名曲

私が聴いてくれる人のところに行って寄り添ったとしても、ほっぺたをくっつけるぐらいしかできない。だけどその人自身になれたら、一番その人の近くにいられると思うんです。つまりその人の鏡になりたいというか、究極的には私が歌ってなくてもいい、名曲と呼ばれるようなものを作りたいですね。

吉澤嘉代子のインタビューをいくつか読んだが、彼女は「名曲」を作りたいとよく語っている。

その思いは、彼女の音楽のルーツとなる楽曲達からくるのだろう。

その心意気もたいそう好きなのだが、注目すべきは、彼女の言う「名曲」の定義である。

 

「リスナーの鏡になれて、究極的には製作したアーティストが歌っていなくても良い曲」

 

歌手として素晴らしい声を持ちながらも、このような考えが出てくるのかと驚いた。また、各々の趣向が細分化している時代であるからこそ、歌い継がれて行く「名曲」を作りたいのかもしれないと感じた。

何にせよ今まで数々のアーティストのインタビューを読んできて、その中で一番と言って良いほど響いた文章であった。

 

また言葉への執着の強さの理由として以下のように述べている。

中学時代から好きな短歌の影響かもしれないです。言葉の文字数に制限がある中で、どれだけのことを伝えられるかという点では、歌詞の制作に通じる部分があるんですよね。制限や制約があるからこそ、その中で自由になる瞬間を感じられるんだと思います。

何となく、おこがましいが、短歌を好きな理由など自分と感覚が似通っている気がして、嬉しくなった。

 

吉澤嘉代子。つい最近知ったのが悔やまれるほど、創造力(想像力)豊かで面白いミュージシャンである。

 

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