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京都日記

日記です

4/15 思い出

 4月15日の15:30、自分は御蔭を少し北に行った鴨川のほとりに座っている。

 

例年だと雨などで散りがちな桜も、まだ満開に、憎いほどに綺麗に咲いている。この前研究室の先輩に聞いた話だが、出町柳より北の桜が見事なため、桜を切らなくても良いように京阪の路線が出町柳でストップしたのだという。なるほど、その話にも深く頷けるくらい立派で綺麗な桜である。

 

今こうしている間にも自分の目の前を絶え間なく人が往来する。あぁ春だ。

 

自分にとって春は思い出がよく思い返される季節である。新生活がスタートするということでそれ以前を振り返りたくなるのか、それとも春は思い出ができやすい季節なのか、それはわからない。

 

思い出といえば、以前母親と梅田にいるときに、母親が「大学生の時よくここに飲みにきたわ〜」と、いわゆる思い出話をしていた。その時ふと思ったのだが、世に言う「思い出」らしい「思い出」とは学生生活が終わるまでの「思い出」ではないか。母親が社会人になってからの話は聞いたことはあるものの、それは記憶であって思い出らしさはなかった。

 

これに気づいた自分に何ができるのか。これからの三年友達とたくさん遊んで思い出を作りたいのか。いや、まず時間のゆとり的に無理だ。

 

今パッと気づいたことだが、「思い出」は自然と思い出されるから思い出なのであって、記憶に残らないほど思い入れの少ないものはもはや思い出ではない気がする。しかし逆に、どれだけ少ない機会でも、全力で楽しみ、思い入れがあれば、後に十分な思い出になるのではなかろうか。

 

おそらくというか確実に、これから友達と遊べる機会は減るだろう。しかしその分遊ぶ機会があれば、今まで以上に楽しんで、後に思い出に昇華できたらなと思う。