京都日記

日記です

5/2 ガルボとおにぎりせんべい

GWの中日の影響であろう、いつもより少ない乗客の電車に揺られ桂キャンパスに着く。

 

今日が終わると連休と考えると、なかなかやる気が出ないもので、いつもは同室の准教授がいなかったこともあり、隣の長身イケメン君と話し出す。

 

あーやこーや話した後、好きなタイプの女の子の話になる。「一見普通やけど少し野暮ったいところが残っている人が好き」というと、不思議そうな顔をされる。彼は「バリッバリのギャル」が好きだそうだ。「バリッバリ」という擬音の勢いにひとしきり笑う。

 

「少しの野暮ったさ」と例えとして、好きなおやつは?と聞くと、ガルボと答えるよりおにぎりせんべいと答えるような人と言った。でも野暮ったいところはそこくらいでそれ以外は普通くらいがちょうど良いとも言った。

 

彼が言う。

「じゃあ自分の好きなタイプは「ガルボの袋の中におにぎりせんべいが入ってる」系の女の子なんやな」

 

自分の中に衝撃が走る。それだ、まさにそれだ。ドンピシャの表現がまさかお菓子を用いてなされるとは。感動さえ覚える。

 

その話を先輩にすると、先輩は「ガルボの袋の中にガルボがつまっている」系の女の子が好きらしい。また望めるならその中のいくつかの味が違うくらいが良いらしい。うんうんなるほど、そういうパターンもあるのか。

 

こういったくだらない話であほみたいに笑える日々が自分にとって幸せそのものなのかなと思う一日であった。

 

 

4/30 アイドル

奈良の高の原のイオンモール石野真子のミニライブ&サイン会に行く。

 

30分ほど余裕を持って到着したが、五列ある座椅子は全て埋まっており、少し悲しい気持ちになる。しかし、来ている人を見るに当時のファンの方ばかりなので、立っているほうが見やすいことに気づき、すぐに得した気分になる。

 

大拍手の中、石野真子が登場し曲を披露していく。アイドル時代の曲の時は親衛隊が迫力のあるコールを入れる。ここは本当にイオンモールなのか。

 

アイドル時代当時の彼女は17歳から20歳。時は流れに流れ、今は56歳。しかし現に自分の前に立っているのを見ると、びっくりするぐらい綺麗だ。なんならかわいいという言葉さえ似合ってしまう。ライブ中に何度か目が合ったが、恥ずかしくて顔を背けてしまうほどだ。石野真子恐るべし。

 

ライブが終わり、サイン会に参加するためCDを買いに行こうとすると、親衛隊の人たちが片付けをしていた。勇気を振り絞って、話しかけてみると、とても気さくな人達だった。自分の年齢を伝えると「若いなぁ真子さんの良さを周りにも伝えていってくれ」と言われた。何とも荷が重い。ひとしきり話したあと、親衛隊に入らないかと誘われた。びっくりしすぎて、その場ははぐらかしたが、はて、どうしたものか。

 

親衛隊の人達に挟まれて真子さんのサイン会の列に並ぶ。自分の番になる。誕生日が同じであることを伝えると、すごい笑顔で対応してくれて感動する。とても満足してその場をあとにしようとすると、なんと握手をしてくれた。その手は温かくて、か弱く小さくて、この人も自分と同じ一人間なんだなと初めて認識した。

 

今や56歳の女性を「真子ちゃん」とちゃん付けで呼ぶのはどうなのかと思っていたが、今日の出来事を通してわかったのは、彼女は間違いなく「真子ちゃん」だ。年齢など関係なく、自分にとってのアイドルでいつづけるのだろう。

 

また関西圏でイベントやライブがある時は、ぜひ参加してみたいなと思った。

 

親衛隊の返事はしばらく保留しておこう。

f:id:momoe19801015:20170430182752j:image 

 

4/29 散歩

徳島の母親の実家に母親と妹が法事で帰るということなので、自分も当然同行させてもらえるものかと思っていたが、実家で愛犬と留守番することになった。

 

とういうわけで先ほど近くまで散歩に行ってきた。自分は人と並んで歩く時、友達であろうと家族であろうと恋人であろうと、左側を歩くのが好きである。なんとなく落ち着くのだ。

 

しかし愛犬はそのことを知って嫌がらせしてくるかのように、全然左側を歩かせてくれない。愛犬相手に少し釈然としない思いをしながら散歩を終えたのであった。

 

明日は高の原のイオンモール石野真子のミニライブがある。 二月などアイドル時代の動画を見続け精神的な支えにしていたので、何とも感慨深い。誕生日同じなんです!くらい話せるだろうか。話せたらええなぁ。

 

 

最近お気に入りの歌詞の一説を残す。

 

ねぇ 今 あなたに顔向け出来ることが出来たら

どんなに嬉しいことでしょう

ああ ただ増えてゆくようで減ってゆく日々を

使い果たさず出会えたこと自体 ありがたいのに

(緊急事態/女王蜂)

 

「増えてゆくようで減ってゆく日々」。このフレーズがすごい。すごいぞ。

4/26 インターホン

研究室から自分の部屋の扉の前まで帰ってくると、ふとあることに気づく。

 

「そういえば自分の部屋のインターホンって押したことないな。」

 

世紀の大発見をしたような気持ちになり、押してみる。誰も出るはずがないとわかっていても、何度も何度も押してみる。 

4/23 ややこしいキャラ

研究室生活が始まり、はや三週間。研究室の先輩や同回と仲良くなるため、各々の様々な個人的な情報を話題にしてきた。このような期間は、今後のその人のキャラを決定していくため大事な時期である。

 

今までに公開した情報で自分は以下のような人になっている。

 

桂キャンパスなのに吉田から通っている。下宿にプロジェクターがあり映画を見るのが趣味(とはいえジブリやメジャーな映画は見ていない)。革小物を調べるのが好き。好きな音楽は何かと聞くくせに、自身はサブカル。小学生の頃関西のけん玉大会でベスト8。球技は得意だが、ほとんど泳げない。木村文乃が好きで結婚時大ショックを受けた。高校生の時に好きな作家さんの読者会に行ったら女性99人男性1人(自分)だった。

 

こんなところだろうか。うーん確かにごちゃごちゃしててよくわからない。

今日お昼ご飯を研究室の人達と食べていると、

「中高部活なにやってたん?」

と聞かれたので、

「中学は将棋部で、高校はお喋り部という名の帰宅部です」

と答えると、

「え!?その肩幅で!?」

と言われた。何かスポーツをやっていたと思われていたらしい。

 

「本当にキャラがややこしいね」、もはや濃いとか薄いとかではなくややこしいである。ややこしいという意味で濃いならまだ良いが、ただただややこしいだけなら少し悲しい。

この状況で「昭和のアイドル好き」などカミングアウトしようものならどうなるのだろうか。日々そわそわしながら、「色々変な人」ではなく「少しつかみ所のない人」ぐらいのキャラを目指すこの頃である。

 

4/23 鴨川

朝の光で目がさめる。8時20分。布団を蹴り上げ、勢いよく飛び起きたが、なんてことはない、今日は日曜日である。安心して二度寝につこうとするも、寝つけず、仕方なく起きる。

 

眼鏡をつけ、窓の外に目を見やる。

天気記号が空に浮かぶような快晴である。

 

これは外に出ないと。そそくさと昼食と着替えをすませ、下宿を出る。

 

まず友人がバイトをしているパン屋に向かう。三種類パンを選んで、レジに並ぶ。友人がお客さんを前に、慣れた手つきで真剣にレジを打っているのを見ると、たいそう不思議な気持ちになる。しかし、自分のことを見つけると、いつもの友人としての顔に戻る。この時の感覚を常々言葉にしたいのだが、その都度失敗し、たいそうもぞもぞする。

 

鴨川に向かう。いつもなら人が少ない北の方で本を読むのだが、あまりにも賑やかなので、惹きつけられて、デルタに降りる。

 

前方には、父親と息子と娘で川の中の魚を取ろうとしている家族。女の子は明らかに体格に見合わない大きな網を持ち、男の子は長ズボンを短パンほどまで捲っている。魚がとれたのか確認するため、網の中を父親と娘が同時に見ると、頭がぶつかり、互いに目を見合わせ笑う。

後方には、大学生の新入生らしき集団。少し聞き耳を立ててみると会話に大した中身はない。しかしそのような馴れ合いが一番楽しいことは知っている。

右方には、父親を娘と母親がはさみ、川の字で寝転がる家族。どこから、どのような経緯で、ここへきて寝転がっているのか想像する。今後の予定をわいわいと話し合っている。

左方には、同じ大学に通っているであろう、男子三人組。特に会話も交わすことなく、本を読んだり、スマホを触ったりしている。自分は沈黙が訪れると無理にでも何か喋ろうとしてしまう質だが、沈黙を気まずいと思うことなく過ごせるのはとても良い関係だと思う。

 

このように四方を、鴨川に対して「絵」になるようなものに囲まれながら、大好きな川上弘美の日記を読む。

もしかしたら自分も周りから見れば、「鴨川のほとりで一人で読書する男子大学生」という「絵」の一員になっているのではないかなどと想像し、のんびりとしたひと時を過ごす。

 

座っている場所が日陰になり少し寒くなってきた。帰りに生活用品を買って、下宿でのんびりして、明日からまた頑張ることとしよう。

 

 

最後に川上弘美の日記の中で、一番印象に残った文章を残しておく。 

 

「ツボ押し器を三種類買う。蛙の形のものと、四面体のものと、杖型のもの。蛙の形のものを「タツヤ」と名づける。タツヤという名の人に知り合いがいないので。でもちょっと知り合ってみたい名前なので。

夜、タツヤに腰と肩のツボ押しをさせたけれど、あまり効かない。」

(東京日記「卵一個ぶんのお祝い。」/川上弘美)

 

うんうん、このようなものの感じ方をできることが羨ましいし、それを文字に起こせるのも素晴らしいと思う。大ヒットを生むような作風ではないが、これからも長く作品を読ませてもらうであろう、大好きな作家さんである。

 

f:id:momoe19801015:20170423164833j:image

 

4/22 知らないほうがいいこと

「知らないほうがいいこともある」

この言葉が漫画や映画に出てくると、そのことを知ってしまうと事件に巻き込まれてしまうような気もするが、今書きたいのはそんな仰々しいことではない。

 

青い空の中を白い雲がゆっくりと動く。その下にはどこまでも続くような真っ青な海。波が不思議と等間隔に打っていく。

 

こんな情景を今まで目にしたとき、見たまんまの感想にしか取れなかった。

「空めっちゃ青いなー雲白いなーえらいゆっくり動くなー海もめっちゃ青いなー波打つのみてたら落ち着くなー」

とこんな感じである。

 

しかし今では、空や海が青く、雲が白い理由も、雲が動く速度も、波が等間隔に打つ理由も物理学的に理解できることがわかっている。身の回りの事象が物理学で解明できる、これは確かに面白いことではあるものの、過去のような見たまんまの感想を100%で感じられなくなってしまったのは少し悲しい。波が等間隔に打つ理由など知りたくなかった、不思議だなで留めておくほうが趣深い気がするのだ。

 

それと似たようなことが京都にも言える。近い将来に京都を離れるだろうが、確かにいろいろな場所を開拓しておきたいという気持ちもある。しかし、全てを網羅してまうと、京都がなにかミステリアスで魅力的な場所として自分の中に後から印象づけられないような気もするのだ。

 

「結局大学にいる間に回りきれなかったけど京都ってなんかいいよね」

 

くらいの言葉が大学院卒業時に出るくらいに開拓していきたいものだ。もっとも、全て網羅できる可能性は著しく低いので、遠慮せずに積極的に開拓していくくらいが丁度いいのかも知れない。