京都日記

日記です

3/10

誰かが勝てば誰かが負ける浮世は忙しい

何一つ容易いことなどないの

 

東京事変の「母国情緒」という曲の歌詞の一節にこうある。

 

周りより明らかに重たいハンデを背負って挑戦しただけでも誇らしいし、常に何事にも堂々としている姿が正直羨ましくもある。

 

これからどうするのか分からないが、お得意のポジティブさで乗り越えてくれるよう心から願っている。

3/9 懐かしい匂い

個人的に、懐かしい匂いというものがある。

 

例えば、畳の匂いならば、祖父母の家や、小学校の児童館、サークルの夏合宿の宿などが想起される。タバコの匂いならば、今は亡き祖父のことが想起されるし、田んぼの匂いは、小学生の頃に遊びまわったことが浮かぶ。

 

このように、「あ、この匂い懐かしいな」と感じる「匂い」は大体の場合、その「匂い」を懐かしいと感じる原因となるものや出来事を突き止めることができる。

 

しかし時々、懐かしい「匂い」の原因を突き止められないことがある。その「匂い」は何か過去のものや出来事と結びついていそうで、懐かしい感じはするものの、原因となるものは想起できそうで想起できない。

 

もしかしたら、この「匂い」は、個人の体験によらない、人類共通の絶対的な「懐かしい匂い」なのではないかとひっそり考える。  

 

最近は研究が進んで、なんと「匂い」をデータ化することができるようになってきているそうだ。

「このままでは「絶対的な懐かしい匂い」の謎が解き明かされてしまう」

謎が明かされることは嬉しいが、その反面、懐かしい匂いについて妄想することができなくなるかもしれないと思うと、寂しくもなるのだ。

 

3/8 旅行記と前髪

旅行記を残そう思ったが、これから会う人達に旅行のことを話すのが楽しみなので、少し時間をおいてからあげようと思う。

 

それはそれとして、先日アルバイト先の塾の高校二年生の生徒に、

「先生その前髪古いっすよ」

と言われ軽くショックを受けた。

 

七三ほどに長めの髪をわけるのがシンプルで気に入ってたし、自分がたいそう顔が丸いので額が見える面積が広いほうがいいのだと説明しても納得してくれなかった。

 

というわけで明日行く美容室で前髪のイメチェンを試みようと思う。

次会うときにドヤ顔したるから見とけよ〜〜

 

3/4 旅行

明日から18きっぷを使って関東に旅行に行く。

 

楽しみである。

 

以上。

3/3 香水

去年の夏ごろ、なにがきっかけかははっきりと覚えていないが、プールオムの香水を買った。

 

最近は全くといっていいほどつけないが、余程楽しみな、わくわくするような予定があるときにつける。

 

自分は香水を手首に少量吹きかけてから、各所にのばすので、セーターやニットの袖の先に香りがついてしまうことがある。

 

今日、祖父母の家のソファーでのんびりと、快晴の空の下で洗濯物が揺れるのを見て、のどかに過ごしていた。本でも読もうと手を伸ばすと、袖の先から香水がかおる。

 

「今はそんなわくわくする場面じゃないのに。」

 

初めて好きな香りに嫌な気持ちにされるという経験をした午後であった。

 

3/2② 日記らしい日記

鴨川のほとりで大好きな本を読む。

 

そんな経験をまだしたことがないなと、ふと思い、下宿からすぐの鴨川のほとりに降りる。

 

上機嫌で本を読みだすが、ふとあることに気づく。
「寒い。」
こんなこと前にもあったなと回想すると、わずか二日前の出来事で、そのときもデルタでお酒を飲もうとしてまだ寒いという事実に気づいたのであった。

 

あっはっは二日前の出来事を忘れるなんて呑気なものだな、こんななんともない感想さえ鴨川のほとりだとなにか趣深いように思える。

 

また寒いといっても常に寒いわけではなく、日差しが出ている間は暖かい。しかし逆に雲が太陽を隠してしまうと寒くなる。
本を一章ほど読んだあと、とても大きい雲が太陽の方に流れてくるのを見て切り上げたが、天候によって自らの行動が影響されるということが新鮮に思えた。子どものころは親に「暗くならないうちに帰ってきなさい」とよく言われたものなのに。

 

外に出て思いがけないことに気づく喜びと、日記らしい日記を初めて書けた喜びでいっぱいである。

ありがとう鴨川。

 

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3/2 マイベスト二人称

英語ではYouだけなのに、日本語に二人称はたくさんある。「あなた」「君」「お前」などなど。

 

人と会話するときに二人称に困るのは自分だけだろうか。

 

複数人で話しているときはよい。名前で呼べばよいのである。
問題は2人で話しているときだ。

 

なぜか自分は2人で話しているとき、相手の名前で呼ぶことが少しくどいと感じる。世間では名前で呼ぶことが一般的だとわかってはいるのだが。

 

では相手をどう呼ぶのか?「あなた」や「君」は違うし、「お前」は勢いをつけるときはいいが少し高圧的な感じがしないでもない。ああだこうだ考えた結果たどり着いたマイベスト二人称が「自分」である。

 

「自分」とは関西弁で相手のことを指す。欠点は関西弁であることと、一人称の「自分」と被ることである。


二人称「自分」には個人的に親しい人にしか使えないという側面がある。関西の人にはわかると思うが、この二人称は非常に馴れ馴れしい表現である。したがって初対面の人にはなかなか使えないし、心の距離が遠い人にも使えない。
ただし、ここで難しいのが二人称「自分」を使わないからといってその相手と親しくないというわけではない。言葉ではうまく言い表せないが、十分親しいのに、二人称「自分」が似合わない人がいる。あだ名や名前が二人称「自分」より相手のイメージにしっくりくるのだろうか、答えはわからない。

 

「自分」(二人称)。「自分」(一人称)はこの二人称が大好きである。それまで名前で呼んでいた相手を、無意識に「自分」と呼んでいたことに気づくとなんだか嬉しくなるのだ。